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国道169号線は、奈良県奈良市と和歌山県新宮市を結ぶ紀伊半島縦断3ケタ国道。1953年(昭28年)月に和歌山県新宮市〜奈良県大和高田市の国道として制定されたが、1993年(平5年)4月に現在の奈良県奈良市〜和歌山県新宮市となった。その間、和歌山県東牟婁郡北山村経由でR168と合流するルートに変更などが行われた。かつては三重県熊野市でR42と合流するルート(現在のR309)がR169であった。 R169もR168同様、かつては紀伊半島縦断3ケタ酷道であったことや沿道にダムが建設されたことからBP建設が積極的に行われたようで、現在では末端区間を除いてほとんどの区間が快適な3ケタ国道に生まれ変わっている。【左写真:川上村(旧)迫地区、連絡道路取り付け部にあった『通行止』の表示】 |
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国道169号線旧道 その2 国道169号線旧道 大滝ダム旧道(2001年版) |
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<<大滝ダム旧道については、水没する前の2001年版と水没後の2003年版に分けて掲載します。>> >>国道169号線旧道 大滝ダム旧道(2003年版) |
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◇◆◇ 大滝ダム旧道について ◇◆◇ |
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大滝ダムは川上村内の吉野川に建設された多目的ダム。1959年(昭34年)9月の伊勢湾台風による被害を受け、ダムの建設計画が持ち上がり、1960年(昭35年)4月に予備調査を開始。1965年(昭40年)4月に工事が開始されました。ダム本体周辺のR169などの周辺道路の整備・付け替え道路の建設後、1988年(昭63年)12月にダムの本体工事に着工しています。 大規模な工事となり、本体工事に平行して水没する川上村内の集落や役場を移転や関連設備の工事などが行われました。そして着工から38年目経った2003年(平15年)3月末をもって大滝ダムの本体工事が完成。あとは周辺施設や付帯設備などの小規模な工事やが引き続き行われているようです。 |
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大滝ダム完成によって吉野川に沿って進むR169も水没することになっています。ダム建設による付け替え道路の建設工事は1973年(昭48年)3月に開始。おそらくダム本体周辺から順次供用開始されているはずです。その後、着々と建設工事が進み、大滝ダム区間の付け替え道路は2002年度までに全区間供用されています。現在、川上村内のR169は大変快適な国道に生まれ変わりました。 |
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大滝ダム区間のR169旧道は、吉野川の西岸に沿って通っていた谷間の1.5〜2車線道が断続する舗装路でした。もっとも集落が移転する前(1985年頃)の写真を見ると、集落内は完全1車線幅の狭路だったようで、川上村からすでに3ケタ酷道となっていたようです。旧道末期時代の、1.5〜2車線の道は立ち退いた建物を取り壊して拡幅した道だったのです。 その旧道も、2003年(平15年)4月に水没してしまいました。R169付け替え道路上か らもその姿を見ることが出来なくなっています。 |
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【右上写真(No.00)の説明】 付け替え区間のR169から見下ろした旧道。川上村(旧)高原土場地区。当時、まだ数軒の民家が残っていた。左岸の道がR169旧道。R6 9旧道はここで橋を渡って右岸の付け替え道路を進む。右岸の付け替え道路は、付け替え道路建設に伴いルート変更された迂回道路。もともと の旧道は左岸を走っていたが、R169付け替え道路の基礎部用地となり一部消滅している。 撮影当時(2000年4月)の時点では、まだ旧道を走ることが出来た。この付近は2003年4月に完全に水没したが、2003年10月頃には再 び姿を現している。 |
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<<注>> 本文中の地名は、川沿いにあった移転する前の集落・町を(旧)、現在の付け替え道路に移転してきた集落・町を(新)として表示してあります。 例えば、川上村(旧)迫地区と書いてある場合は、川沿いにあった水没した旧集落のことを指します。 |
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国道169号線旧道 【大滝ダム旧道2001年版】 |
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本文は一部加筆・修正してありますが、ほとんど最初のまま掲載しています。ただし表現は過去形に変えてあります。 <<内容は2001年4月当時のものです。現在の状態は2003年版をご覧下さい。>> |
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【注意】 番号が赤色になっている写真は、2003年5月時点ですでに水没した地点です。 番号が緑色になっている写真は、2003年5月時点で通行止めとなっており進入不可能になっている地点です。 |
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大滝ダム旧道 【大滝ダム本体部付近】 |
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川上村西河地区でR169旧道のr262(県道国栖大滝線)との交差点を過ぎると、R169は西河地区の町中を抜ける。やや狭い2車線幅の町中のカーブを走り抜けると、今度は2車線の急勾配の坂道が始まる。この坂道からが大滝ダム建設に伴い作られた付け替え道路区間の始まりとなる。(写真2) 本来の川沿いに進むR169旧道は、この坂道が始まる付近から分岐していた。しかし、当時は大滝ダム本体工事現場への資材搬入路となっており、工事関係車両以外の通行は出来ない状態だった。 付け替え道路を上って大滝TNを越えると、吉野川に向かう1.5車線道が分岐していた。この道が旧道かどうかは不明だが、その道も工事専用道と化していた。大滝TN南側(上北山村側)抗口から少し進むと、ダム建設現場へ向かう工事専用道の入口があった。入口には係員付きのゲートが設置されており、この道も工事関係車両以外通行禁止となっていた。 この付近の付け替え道路はかなり以前に建設されたようで、とある資料で見た1985年(昭60年)頃の写真には、すでに付け替え道路の坂道と鉄骨で組まれた仮の道路などが写っていた。大滝ダム本体工事に着工したのが1988年(昭63年)なので、その頃には現在の坂を駆け上る道が完成していたはずである。私がバイクで訪れるようになった1995年(平8年)当時で既に一般車通行禁止であったのは言うまでもない。大滝ダム本体付近のR169旧道は、ダム建設に伴い大きく姿を変えたか消滅したようである。 |
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大滝ダム旧道 【川上村(旧)迫地区】 |
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大滝TNを過ぎるとR169は快適な2車線道となって南に向かう。当時のR169の道路上からは、吉野川沿いに1.5車線幅の旧道が見えた。見えていたのは川上村(旧)寺尾地区付近の旧道であった。 移転して来た川上村村役場や警察、道の駅『杉の湯川上』のある川上村(新)迫地区の町中に入る直前に、現R169から別れて川岸に下る道が分岐していた。(写真4) この道は、山腹を進む現在のR169付け替え道路と川沿いの旧R169を連絡するために建設された連絡道路。付け替え道路が全通していなかった1997年頃までは、全てのバイク・車はこの連絡道路を走って川沿いの旧道に下りていた。この連絡道路は、付け替え道路が全区間供用された後、一時期工事のために一般車通行止めになっていたが、2001年4月に訪れたところ一般車も通行が出来るようになっていた。 かなり急勾配の坂道を下って川沿いに下りる。そこは川上村(旧)迫地区で、1985年頃(昭60年)頃は1車線道の両側に民家が密集していたそうだ。それから15年ほど経過したが、民家は一軒残らず立ち退きとなり取り壊されていた。民家があった付近は道路の拡幅用地となったそうである。 |
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大滝ダム旧道 【川上村(旧)迫地区〜川上村(旧)寺尾地区】 |
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記述方向:川上村(旧)迫地区→川上村(旧)寺尾地区方向 |
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この連絡道路の取り付け部付近からは北(ダム本体方面)に延びる1.5車線道があった。(写真6) 旧道の雰囲気を色濃く残す川沿いの1.5車線道で、狭路を淡々と1kmほど北に進むと、先に下りてきた連絡道路の北側にある別の連絡道路と合流していた。(写真12の地点から下りてくる連絡道路) さらに川に沿って蛇行する1.5車線道を進み、鮎釣りの店の前を通り過ぎると護岸工事現場入口に到着した。(写真11) ここから先はゲートが設置されていて一般車は通行不可能となっていた。ゲートから先(北側)の旧道は、ダム湖護岸の基部が建っており消滅していた。これより北側(ダム本体寄り)の旧道は、ダム本体や護岸工事などにより寸断されて消滅しており、2001年4月時点では走行不可能となっていた。わずかに工事用道路として断片的に残っていたようだ。 この地点(写真11)が走行可能な大滝ダム旧道区間の最北端だったのだ。 |
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大滝ダム旧道 【川上村(旧)迫地区〜川上村(旧)人知地区】 |
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記述方向:川上村(旧)迫地区→川上村(旧)人知地区方向 |
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道の駅『川上杉の湯』手前から吉野川沿いに下ったR169旧道は、1.5〜狭い2車線幅のまま南に向かっていた。昔は(旧)迫地区の町があって町中を1車線狭路で進んでいたそうだが、すでに全てが取り壊され何も残っていなかった。標高の高い山腹に移転した丹生川上上社跡を過ぎる。ここからは石器時代の遺跡も見つかったそうだ。それも含めて全てがダム湖の底に消えてしまう・・・ 神社跡から100mほど進むと川上村(旧)高原土場地区へ入る。ここで旧道は川を渡って吉野川東岸に移っていた。旧道は吉野川西岸を進むのが本来のルートなのだが、付け替え道路(現R169)の基部・ダム湖護岸用地となってしまったので消滅している。東岸を進んでいた付け替え道路は2車線道。ダム湖を跨ぐ白屋橋を見上げながら進んでいた。(写真15) また付け替え区間にR169標識が立っていた。(写真16) 2001年4月時点でも国道扱いになっていたようだが、水没前に撤去されたのだろうか? 1kmほど進んだ川上村(旧)人知地区で西岸に戻ったR169旧道は、1.5〜狭い2車線幅のまま川の流れに沿ってウネウネと進んで行った。一部では護岸の用地となって消滅したり、工事用道路と化して通行不可能な区間があったが、川原に鉄骨でもって迂回ルートが設けられいたので、ほぼ本来の旧道ルートを進むことが出来た。(写真18) |
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大滝ダム旧道 【川上村(旧)人知地区〜川上村(旧)井戸地区】 |
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記述方向:川上村(旧)人知地区→川上村(旧)井戸地区方向 |
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川上村(旧)人知地区を過ぎると、R169旧道は付け替え道路(R169現道)の真下を走るようになった。旧道は山間を進んで行く、昔ながらの1.5車線幅の平坦な狭路だった。ほとんど昔のままの姿だろう。川の流れに沿ってカーブがいくつか続いていたが、見通しは比較的良かったように思う。しかし谷間を進んでいたので、日没後は真っ暗となりバイクで走ると精神的に気を遣って疲れたのを記憶している。 やがてR169旧道は現道の基礎となるコンクリート壁の真横を進んで行った。R169現道からは真下に旧道が見えていたが、この付近は2003年4月時点ではまだ水没しておらず確認することが出来た。しかし5月に訪れてみると早くも水没していた。 川上村(旧)井戸地区に入ると、旧道が作業道となったため新たに建設された道路や、鉄骨で組まれた迂回ルートを走っていた。本来の旧道は既に付け替え道路の基部になって消滅していたのだ。迂回ルートが終わる頃に川沿いにある(旧)井戸地区の集落に到着。R169本道への連絡道路が分岐しているが川沿いの旧道はまだ続く。(写真24) |
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大滝ダム旧道 【川上村(旧)井戸地区】 |
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記述方向:川上村(旧)人知地区→川上村(旧)井戸地区方向 |
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写真24の地点を左に進んで集落を抜ける。(旧)井戸地区の集落の外れには『この先工事通行止め』という看板が立てかけてあった。そのまま1.5車線道を50mほど進むと武光橋を越えた。越えると付け替え道路の基礎部分が現れ、その付近から道自体が途絶えていた。ここから先は付け替え道路(R169現道)の基礎用地となり、旧道は消滅していた。(写真26) この先、R169現道の基部付近にちらほらと旧道の跡は見えるが、たどり着くことが出来ない状態であった。最北端の工事現場入口から南端のここまでの距離は約9kmであった。 ところで写真26を見ておわかりの通り、ここには『右カーブ』と『幅員減少』の警告標識が立っていた。(標識自体は2003年4月には撤去されていた) 昔はこの先に旧道もしくは旧道付け替え道路が続いていたと言うことだろう。一時期、この付近から南へはR169現道の対岸道路を走っていたので、その対岸に渡る武光橋が出来るまでの暫定連絡橋があったのか、対岸道路が出来るまで川原に鉄骨で迂回道を設置していたのだろう。 最終的な大滝ダム旧道のR169現道接続部は、現在の八幡TN北側付近と思われるが、それを示す跡は見つかっていない。 |
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☆★☆ 国道169号線旧道 ☆★☆ 【大滝ダム旧道(2001年版)】 |
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バイクに乗ってR169を走るようになったのは20世紀末の1995年(平7年)4月頃からです。その頃のR169付け替え道路は大滝ダム本体付近(川上村大滝集落)〜役場のある川上村(新)迫地区までしか完成していませんでした。(新)迫地区から南もほとんど完成しておらず、(新)迫地区の町の手前(写真4の地点)から川岸の道に誘導されていました。 連絡道は2車線道ですがかなりの急勾配でした。その先は谷間をひたすら進む狭路でした。集落や町はすでに移転していたため、日没後は真っ暗となり、晩はバイクの明かりだけを頼りに走っていました。 付け替え道路が完成したのは1999年(平11年)頃でしょうか。この辺りはよく覚えていません。(この年はR169をあまり走っていなかったのです) 2000年(平12年)4月時点で付け替え道路は全区間開通していました。『21世紀に間に合いました』ということでしょう。 |
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付け替え道路が全通したことで、「川沿いの旧道は間もなくダム湖に沈む」と意識し始め、2000年頃からR169を走る際にはどうなっているかを確認していました。2001年(平13年)は「川岸の旧道を走ることが出来る最後の年」だと思い、この年は積極的に川岸の旧道を走り、道の状態や風景・川の流れなどを撮影して行きました。 川岸の旧道は、その後通行止めになりました。これで通行できないと思いこんでしまい、少し疎遠となります。しかしこれは一時的な通行止めだったようで、2002年(平14年)には解除されていたようです。 それを知って夏頃に訪れることにし、R309行者還林道と絡めたオフ会を企画。ところが、この年の7月末に伯母谷付近で起こった土砂災害でR169が全面通行止めになったために、R309行者還林道を通った後に訪れることが出来なくなり、そのままとなってしまいました。 そして「走ることが出来る最後のチャンス」と思い訪れた2002年11月にはすでに旧道は全面通行止めに・・・ オフ会の後、別の日に訪れておけば良かったと後悔しております。 |
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大滝ダムの本体工事は2003年(平15年)3月末で完成。その後の状態を確認すべく、大滝ダムを訪れたのは2003年(平15年)4月上旬のことです。その後、1ヶ月弱して5月GW直前にも訪れました。4月の時はまだ確認できた旧道がもう水没しており、水が貯まる速度はかなり速いことを実感しました。 その後、大滝ダムには8月上旬、9月上旬、10月中旬に訪れています。(写真の整理が全くできていません。しばらくお待ち下さい) 旧道がどういう状態になったかは次のページをご覧下さい。 |
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【走行DATA】 大滝ダム旧道(2001年版) 【両方向を走行】 2001年4月26日/5月12日/6月16日/他 |
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川岸の旧道は良く走っていました。日付は使用写真の撮影日のみ記載します。 |