国道169号線旧道

 

 国道169号線は、奈良県奈良市と和歌山県新宮市を結ぶ紀伊半島縦断3ケタ国道。1953年(昭28年)月に和歌山県新宮市〜奈良県大和高田市の国道として制定されたが、1993年(平5年)4月に現在の奈良県奈良市〜和歌山県新宮市となった。その間、和歌山県東牟婁郡北山村経由でR168と合流するルートに変更などが行われた。かつては三重県熊野市でR42と合流するルート(現在のR309)がR169であった。

 R169もR168同様、かつては紀伊半島縦断3ケタ酷道であったことや沿道にダムが建設されたことからBP建設が積極的に行われたようで、現在では末端区間を除いてほとんどの区間が快適な3ケタ国道に生まれ変わっている。

【左写真:R169伯母谷道路旧道にあった交互信号の注意看板】

走行日:各項参照

走行方向:各項参照

レポート:各項参照

 【2003年06月01日 Update】 

国道169号線旧道 その3

国道169号線旧道 大迫ダム旧道

国道169号線旧道 伯母谷道路旧道

国道169号線旧道

大迫ダム旧道

  大滝ダムの上流にあるのが大迫ダム。このダムも谷深い吉野川を堰き止めて建設たダムだ。吉野川沿いに進んでいたR169(東熊野街道)は、このダム湖の底に沈んでいる。

 R169は大迫ダムの手前から急勾配の坂道となる。旧道らしき道はその坂の途中から分岐している。案内などはなく見落としやすい分岐点だ。吉野川沿いの1.5車線道を1kmほど進むと、大迫ダム事務所前に到着。この先はダム本体となっており道自体が消滅していた。大迫ダム南側(熊野側)の旧道は不明。

1.現R169から大迫ダム事務所への道路

  入口。この付近からR169旧道が分岐し

  ていたようだ。

2.吉野川沿いの1.5車線道を淡々と進ん

  で行くと、やがてダム本体前に到着する。

  この付近は旧道を拡幅したのだろうか? 

3.旧道の行き止まり。ここから先はダム湖の

  底に沈んでしまった。この付近の旧道は、

  ダム建設時に消滅してしまったのだろう。

☆★☆ 国道169号線旧道 ☆★☆

【大迫ダム旧道】

 大迫ダムはかなり前に完成したダムです。それゆえ旧道の痕跡はあまり残っていません。入之波温泉に向かうr224が分岐する付近に、連絡道路らしき道(すでに廃道)の痕跡がある程度です。

 今回走ったダム北側の道も旧道かどうかは分かりません。おそらく旧道を拡幅して出来た道だと思われます。

ダムの南側の旧道は全く分かりません。大迫ダム〜伯母谷TN間のR169と痕跡しかない旧道の造りから推測すると、ダム北側で谷底に下るr224の途中までが旧R169ではないかと考えているのですが・・・

 この項目は資料が少なすぎるので憶測の範囲内です。m(_ _)m 

 【走行DATA】 

大迫ダム旧道

【往復走行】

2001年5月12日

国道169号線旧道

伯母谷道路旧道

 大迫ダムを過ぎて南に向かうと、R169は2車線ワインディングとなって徐々に標高を上げて行く。やがて谷底(大迫貯水池沿い)から上がってきた村道(?)が合流。そこからほどなくしてR169は伯母谷TNに入り、約4kmものR169伯母谷道路区間に入る。

 伯母谷道路は5つのトンネルと4つの橋梁から構成された、途中にループ構造を持つBP。1998年(平10年)頃に北半分(吉野寄り)の伯母谷TN、栗の木TNまでが先行して供用開始された。この時点で北半分が旧道となり、交互信号区間1区間が解消された。

 R169伯母谷道路は部分供用となったわけだが、伯母谷道路とR169旧道の間はかなりの標高差があるため、供用開始に合わせて栗の木TNと滝の脇TNの間から鉄骨で組み立てられた連絡道が建設され、伯母谷道路とR169旧道を結んでいた。全面開通までの間、この鉄骨連絡道路を走っていた。

 その後、南半分(熊野寄り)の区間も建設が順調に進み、2003年(平15年)1月17日、南半分の区間が完成・供用開始されて全区間供用開始された。

 南側(熊野寄り)の交互通行区間は全通前に解消。また伯母谷道路全面供用開始により、交互信号区間2区間を有していた谷沿いを進む区間は旧道となり、静かに余生を送ることになった。

R169伯母谷道路旧道

【南側旧道分岐点〜鉄骨連絡道路接続部付近】

記述方向:奈良県上北山村→奈良県川上村方向

 R169伯母谷道路の一番南にあるTNが大獄TN。R169伯母谷道路旧道の南側(熊野側)分岐点は、この大獄TNから100mほど南に進んだ伯母峯大橋南詰となる。伯母峯大橋は伯母谷道路の一部として建設された橋で、大獄TN南側にある谷を跨ぐように建設された。

 大橋は2車線の立派な橋。この南詰から左に分岐する1.5車線道がR169旧道である。旧道は左に分岐した後、緩やかな右カーブを描きながら山の斜面に沿って200mほど進み、大獄TN南側抗口の真ん前でR169伯母谷道路と交差して横切って行く。昔はこの付近に交互通行用の信号機(熊野寄りの信号)が設置されていた。

 R169伯母谷道路を過ぎると、旧道は急勾配の1.5車線道となって山深い所に入って行く。見通しの悪い小刻みなカーブが連続。この区間は南側の交互通行区間であった。旧道分岐点から400mほど進むと、かつて信号機(吉野寄りの信号)が設置されていた地点に出た。上北山村寄りの信号機が、大獄TNの工事進行に伴い移設→撤去→簡易信号機へと変化したのに対し、川上村側の信号機は交互通行が解消された2002年(平14年)頃に撤去されるまで3色信号機のままがんばっていた。

 信号機跡を過ぎると、旧道は狭い2車線幅の急勾配の坂道となって下って行く。見通しの悪い小刻みなカーブが連続するワインディング区間だ。この区間は元々狭路だった道を無理に拡幅している。葛折りに近いカーブでさえも2車線幅に拡幅しているので、かなりの急勾配を伴う小刻みなカーブが連続していた。トラックや観光バスの離合が困難となり、時々渋滞の列が発生していた。

 旧道に見られる幅広のカーブは大型車との離合のために設けられたのだが、旧道となり対向車などほとんど来なくなった今では、かつて主要国道であったことの名残となってしまっている。

 信号機跡を過ぎると、断崖下を走る狭い2車線幅の道が延々と続く。右側には深い谷となっている。現役国道時代は路面のアスファルトにヒビが入っていたり、落石が転がっていたりして少し荒れていた。2003年4月に走ったのだが、旧道になった途端に舗装し直されて走りやすい路面になっていた。これからは余り整備されなくなるので、「最後の大整備」が急ぎ行われたのだろうか?

 いくつものカーブをクリアして行くと、やがてR169伯母谷道路のループ橋が見えてきた。急勾配の坂道を下ると、R169伯母谷道路ループ橋の真下に到着。この付近に滝の脇TN北側抗口前から下ってきていた鉄骨の連絡道路が接続していた。南側の旧道分岐点から約2kmである。

1.旧道は伯母峯大橋南詰から分岐する。昔

  はこの付近に交互信号機があった。

  (R169熊野→吉野方向を撮影)

2.旧道は大獄TN熊野側抗口前で現R169

  と交差する。旧道は右の道へ進んで行く。

  (R169熊野→吉野方向を撮影)

3.南側(熊野寄り)交互通行区間の北側(吉

  野寄り)の信号機があった所。ひっそりとし

  ている。(川上村→上北山村方向を撮影)

4.この付近の旧道は急勾配の狭い2車線道

  が続く。現役時代はよく渋滞していた。旧

  道になってから何故か道が整備された。

5.やがて伯母谷ループ橋の真下に到着す

  る。旧道はKSRが停めてある付近から

  右に分岐する道に向かう。

6.写真3の地点を2001年10月に撮影した

  写真。信号機があり現役の交互通行区間

  であった。

R169伯母谷道路旧道

【鉄骨連絡道路接続部付近】

 R169伯母谷道路が部分供用の時は、滝の脇TN吉野側抗口前から鉄骨を組んだ仮の連絡道路が設けられていた。

山の急斜面に沿って建設されていたので、かなりの急勾配を持つ連絡道路だった。連絡道路はR169伯母谷ループ橋の真下でR169旧道と接続するようになっていた。

 伯母谷道路の全面供用開始に合わせて連絡道路もその役目を終えた。2003年4月に訪れた時、撤去作業が進められていた。すでに連絡道路のアスファルトは剥ぎ取られ鉄板がむき出し状態となっており、R169伯母谷道路との接続付近はすでに撤去されていた。いずれは姿を消してしまうのだろう。

7.全通前の2001年4月に撮影。全通まで

  滝の脇TN吉野側抗口前で急カーブして

  連絡道路に入っていた。

8.鉄骨で組まれた急勾配の連絡道路を下っ

  てR169旧道(当時は現役)に向かう。

  向こうに建設中のループ橋が見える。

9.連絡道路とR169旧道合流点。右に分岐

  するのがR169旧道。

  (上北山村→川上村方向を撮影)

10.2001年10月に撮影。連絡道路ながら

  2車線道だった。写真8を撮影して半年ほ

  ど経っているが、橋がかなり完成している

  のが分かる。

11.2003年4月に撮影した元連絡道路。

  R169伯母谷道路との接続部付近から

  解体が進んでいる。痕跡は接続部付近

  の待避帯(?)しかない。

12.連絡道路とR169旧道の元合流点。路面

  の「169」の文字が国道であったことを示し

  ている。積まれた黒い塊は、連絡道路のア

  スファルト。

R169伯母谷道路旧道

【鉄骨連絡道路接続部付近〜北側旧道分岐点】

記述方向:奈良県上北山村→奈良県川上村方向

 R169伯母谷ループ橋の真下を過ぎると、R169旧道は1.5車線幅の狭路となって急カーブを繰り返しながら進んで行く。この付近は断崖下を通る区間で、道の山側は切り立った岩肌となっており防護網が設けられている。道はほぼ平坦な狭路で、ほとんどが1.5車線道で一部に狭い2車線道がある程度だ。

 通る車がほとんどいなくなった谷間の狭路を2kmほど進んで行く。やがて道幅が広い2車線幅となり、一見すると広場のような所に出る。ここがかつてあった北側(吉野側)交互通行区間の南側(熊野寄り)信号機が設置されていた所である。今では材木置き場と化しているが、路面には停止線がそのまま残されており、ここに信号機があったことを証明している。

 ここを過ぎるとR169旧道は1車線道となる。離合困難な道幅で交互通行区間であったことが納得出来る。民家(?)の前を通り過ぎると杉林の中に入る。鬱蒼とした暗い杉林の中に入った付近が少し広くなっており、この付近に交互通行区間の北側(吉野寄り)の信号機があったように思う。

 杉林の中に入ると路面が新しくなっていた。そのまま400mほど杉林の中を進んで行くと、揺るやかな勾配の坂道を上り、R169伯母谷道路の伯母谷TN北側(吉野側)抗口前でR169現道と合流した。ここがR169伯母谷道路の北側

(吉野側)分岐点である。

 南側(熊野側)分岐点から約4km、連絡道路接続部付近から約2kmである。

13.連絡道路との元接続部を過ぎると、しば

  らくはループ橋を見上げて走ることにな

  る。この付近までは急勾配の坂となる。

  (川上村→上北山村方向を撮影)

14.道は平坦な1.5〜狭い2車線道が多く

  なる。この付近も舗装し直されている。縁

  石が旧国道っぽい。

  (川上村→上北山村方向を撮影)

15.北側(吉野寄り)交互通行区間の南側(熊

  野寄り)信号機があった所。材木・資材置き

  場と化していた。ここにはR169国道標識

  が残っていた。

16.路面に停止線が見える。ここから先は1

  〜1.5車線幅の狭路区間となる。北側の

  交互通行区間は1998年頃に解消されて

  いる。

17.交互通行区間内の旧道。うっそうとした

  杉林の中。北側信号機はこの付近に合っ

  たかも知れない。

  (川上村→上北山村方向を撮影)

18.R169伯母谷道路旧道の北側(吉野側)

  分岐点。伯母谷TN北側(吉野側)抗口前

  から左に分岐するのが旧道だ。

  (R169川上村→上北山村方向を撮影)

☆★☆ 国道169号線旧道 ☆★☆

【伯母谷道路旧道】

 R169伯母谷道路の全面開通・供用開始によって、ついにこの道も旧道となりました。旧道には電線と電話線が通っているのと林業関係の建物があるので廃道にはならないようです。

 現役国道時代からもそうでしたが、旧道は(元)連絡道路接続部を境にして道の表情が異なります。北側(吉野寄り)はほぼ平坦な狭路、南側(熊野寄り)は急勾配・急カーブが連続する狭い2車線幅となっています。現役時代はトラックや観光バスがペースダウンするので結構渋滞が起きていた区間でした。今では通る車はほとんどいません。

 R169伯母谷道路は5つのTNと4つの橋梁で構成されています。2車線幅の高規格道路で、走っているバイク・車・トラックはかなりの速度を出して走っています。徒歩・自転車でTN内を通行すると大変危険なので、時間・体力が必要となりますが、旧道を走られた方が無難でしょう。

 旧道は大雨や異常気象時は、土砂崩れや崖崩れの恐れがあるので通行しない方がいいでしょう。また冬期は積雪・路面凍結があるので通行しない方が無難です。

 【走行DATA】 

R169伯母谷道路旧道

【川上村→上北山村方向で走行】

2001年4月26日/10月12日/他

【上北山村→川上村方向で走行】

2003年4月10日/他

現役国道時代からも含めて、この区間はかなり頻繁に走っています。日付は使用写真の撮影日のみを記載します。

国道169号線旧道 その4

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