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国道169号線旧道(6)

西原地区旧道

西原地区旧道群

◆国道169号線西原地区旧道

  R169は吉野郡上北山村天ヶ瀬地区を過ぎて南下すると上北山村西原地区に至る。現在は、西原トンネル(L=216m)と下田トンネル(L=190m)そして1本の橋(橋名?)で町の東寄りを通り抜けているが、現在の道はバイパス道路。旧道は町中を通り北山川沿いに進む狭路である。

 旧道の前身は東熊野街道というのは言うまでもなく、明治後期に車道として整備され、その道が大正9年(1920年)4月に県道上市木ノ本線に指定。さらに昭和28年(1953年)5月にR169となった。国道となってからも町中を通る狭路のままであったが、年々増加する交通量に対処すべく道路改良が行われることになったのだろう。町をパスするような形でバイパス道路が建設されたものと思われる。

 バイパスとなるR169現道がいつ開通したのかは資料がなく不明であるが、昭和51年(1976年)の航空撮影写真には建設中の道路が写っているのと、西原トンネルが昭和53年(1978年)2月に竣工しているところから察するに、昭和53年4月前後に開通したのではなかろうか。バイパス開通によって町中を経由する道は旧道となったが、以後は地区の生活道路として余生を送っている。

■国道169号線西原地区旧道【2001年レポート】

国道169号線西原地区旧道【平成21年(2009年)レポート】

>>Update H22(2010).03.23

○国道169号線西原地区旧道

  【2001年レポート】

【レポートは上北山村→川上村方向(南→北方向)です。】

 R169現道の下田トンネル南口から右に別れる狭路が西原地区旧道となる。旧道は1.5車線幅の平坦な狭路で、蛇行する北山川に沿って右岸を進んで行く。大きなカーブをクリアすると正面にR169現道の橋が見えてくる。橋を過ぎて少し進むと西原地区の町中に入る。山間の静かな町中をも1.5車線幅の狭路で進むと、ほどなくしてR169現道との北側(川上村側)分岐点に到着する。

1.下田トンネル南口が南側の旧道分岐点。

  右に分岐する川沿いに進む狭路が旧道。

2.蛇行する北山川に沿ってカーブを曲がると、現

  道の橋を越える。典型的な旧道の姿。

3.やがて西原地区の町中に入る。山間の静かな

  町である。

 

 

4.北側分岐点。真ん中の狭路が旧道。合流時

  は現道を走る車に要注意。

 

 

<<写真はすべて2001年4月撮影>>

*以前のレポートを修正・訂正し、写真を差し替えて再掲載しています。

◆2001年レポート終わり

○国道169号線西原地区旧道

  平成21年(2009年)レポート

【レポートは川上村→上北山村方向(北→南方向)です。】

 吉野郡上北山村天ヶ瀬地区からR169を2kmほど南下すると、上北山村西原の町に至る。R169現道は町の東側を2車線道で通り抜けるが、旧道は町中を通り北山川に沿って進んで行く。

 旧道北側分岐点は西原地区の町の北端部にあるカーブの途中にある。泉地区への村道分岐点にもなっており、R169から見ると2つの道路が分岐しているように見える。右端の狭路坂道とR169現道との間にある1.5車線狭路道がR169西原地区旧道となる。 旧道に入るとすぐに西原の町中を進んで行く。1.5車線幅の舗装路で完全に町中の生活道路となっているが、元をたどれば東熊野街道筋に当たる。

 北側分岐点から400mほど進むと、いったん民家が途切れて北山川に沿って進むようになる。郵便局前を過ぎると再び民家が現れ、左側に北山川を見ながら進んで行く。やがてR169現道の下田トンネル北口と北山川を渡る橋(橋名?)が見えてくる。R169現道からの側道が旧道に接続しているが、R169現道→旧道への一方通行となっているので、旧道からR169に入ることは出来ない。

 R169現道をアンダーパスすると民家は途切れ、北山川沿いを1.5車線狭路のまま進んで行く。川の流れに沿って大きな右カーブをクリアすると、下田トンネル南口前でR169現道との旧道南側分岐点に到着する。北側分岐点から約1.4kmである。

1.天ヶ瀬地区から下ってくると、西原地区に入る

  と右カーブが現れる。その先が分岐点。

2.北側分岐点。右端の狭路坂道とR169現道

  との間の道が旧道。

3.旧道は町中を行く1.5車線狭路。すっかり生

  活道路となっているが、旧街道の末裔。

4.一度町が途切れると北山川沿いにすすで行

  く。この先に郵便局がある。

5.再び民家が現れる。山間の静かな町という感

  じ。左側には北山川が流れる。

6.やがて現道と交差。右端の坂は現道からの側

  道。一方通行なので旧道からは入れない。

 

7.R169現道を過ぎると川沿いに進む狭路とな

  り、右カーブを曲がる。

8.やがて現道との合流点(南側分岐点)、下田

  トンネル南口に到着する。

 

<<写真はすべて平成21年(2009年)9月撮影>>

◆平成21年(2009年)レポート終わり

<<MEMO>>

■概況・交通量など

 西原地区の旧道は蛇行する川に沿って進む典型的な旧道で、旧道を縦に貫くようにして現道が通っています。『$』マークで言えば、”|”が現道で”S”が旧道ということになります。

 江戸時代の東熊野街道にまで遡ることが出来る由緒ある旧道ですが、今は町中を通る生活道路として余生を送っています。

生活道路なので、歩行者や対向車に注意してください。旧道は現道から確認しずらい道となっているので、現道への合流時は、現道を走ってくるバイク・車やトラックに要注意です。

●走行DATA

西原地区旧道

【上北山村→川上村方向を走行】

>>走行日:平成13年(2001年)4月26日

【川上村→上北山村方向を走行】

>>走行日:平成21年(2009年)9月24日

【西原地区旧道終わり】

国道169号線西原地区旧道群

 吉野郡上北山村西原地区には町中以外にも、下田トンネル〜河合峠旧道北側分岐点の間に旧道が残っている。少なくとも3箇所に旧道の存在が確認され、いずれも距離が短い旧道で現在廃道となっている。これら旧道は深く広い谷を渡るため、上流に大きく蛇行し、谷幅が狭くなった場所架橋して谷を跨いでいた。

 上北山村内の東熊野街道が車道として整備されたのは明治時代末の頃。明治40年(1907年)に上北山村内の県道東熊野街道の改修が終わっている。その後、大正9年(1920年)に県道上市木本線に指定され、昭和時代に入ってから自動車の通行が始まるようになると、道の拡幅、勾配、屈曲の緩和などの改修工事が部分的に行われた。西原地区に残るこれら旧道は、自動車の通行が始まった昭和初期に、自動車が通行可能な車道に再整備されたと思われる。

 昭和28年(1953年)5月に国道169号線に指定されるが、道の状態はほとんど変化がなかったのだろう。大きく変わり出したのは新伯母峰トンネル開通後、昭和40年代後半であろう。現在の旧道がある谷一帯を、鉄橋を架橋してほぼ直線で貫くようにバイパスが建設された。資料がないので推測になるが、橋の銘板によると竣工は昭和47年(1972年)3月とあり、その頃にバイパスが完成したと思われる。これによりウネウネと曲がりくねっていたルートは旧道となった。

 その後、旧道を走る車はなくなり、旧道は廃道となった。一部は払い下げられて建設会社の敷地となっているが、ほとんどはそのまま放置され自然に還りつつある。

 

参考資料・文章引用元>>上北山村の地理(昭和39年刊)

■国道169号線西原地区旧道群【平成21年(2009年)レポート】

>>Update H22(2010).03.23

○国道169号線西原地区旧道群

  【平成21年(2009年)レポート】

■大栃橋旧道【北側】

【レポートは川上村→上北山村方向(北→南方向)です。】

 下田トンネル南口からR169を南に向かうと、北山川に沿った山間を進むようになる。下田トンネルから1.6kmほど進むと、

大栃谷を渡る大栃橋に到着する。深い谷を跨ぐ橋で、見通しの良い2車線幅の橋である。

 この橋の北詰から右に分岐するダート道がある。この道が大栃橋旧道。北詰から旧道に入るが、この手の旧道としてはやたらと道路が新しい。たいていは草木が生えていたりするのだが、砂利が敷かれて平坦にならされているのだ。どうやら最近になって整備されたようだ。KSRUだと走りずらい 、少し大きな石も混じっている路面を進んで行くと、約200mで治山工事の現場に出てしまった。南側分岐点となる大栃橋南詰とは異なる方向に進んでいるようだ。

 あとで分かったことだが、大栃谷を渡る旧道の橋付近で旧道は分断され、北側区間は工事現場への工事用道路として整備され、大型ダンプが通行出来るように本来の旧道の路面上に砂利を敷き詰めたようだ。工事現場前では坂道となっており、南側の旧道とのアクセスは完全に絶たれてしまっている。

 旧道を走る車はほぼ皆無なので問題はないのだが、工事が終わってもこのまま放置され、分断されたままになる可能性が高いと思われる。

1.大栃橋北詰。右に分岐するのが大栃橋旧道

  となる。典型的な旧道分岐点。

2.路面は砂利が敷き詰められている。最近整

  備されたであろう道を進む。

3.旧道の面影は左端のフェンスぐらいか。断崖

  下を進む。

 

 

4.進んで行くと坂を上って治山工事現場に到

  着した。ここで行き止まり。

 

 

<<写真はすべて平成21年(2009年)9月撮影>>

■大栃橋旧道【南側】

【レポートは上北山村→川上村方向(南→北方向)です。】

 北側からは通り抜けできないので、R169現道に戻って大栃橋を渡り、南詰から旧道に入ってみる。大栃橋南詰を左に向かうと、薄暗い山中を行く1車線幅のダート道となっている。北側のような砂利はない。少し進むとぬかるんだ場所に出る。タイヤ痕があるところを見ると、作業車か何かが出入りしているようだ。

 路面には落ち葉の他、大きな石が転がっていたり木枝などが散乱しているが、KSRUでも走ることが可能な状態だ。全く人気のない山中の狭路を進んで行くが、南詰から100mほど進むと倒木に遮られてしまった。以前に土砂崩れが起きて倒れた木のようだ。ここから先はKSRUでは進めないので歩いて進む。

 倒木ポイントからすぐの所で道路上まで土砂が達していた。量は少ないのだが、土砂の上に草木が生えているところから、かなり以前に起きた土砂崩れのようだ。廃道になったため復旧もされずに放置されているのだろう。

 その先は広場のようになっていた。道路右側、谷側に向かって広くなっている。茶屋か何かがあったのだろうか?建物の痕跡が全くないため、単なる待避所だったのかもしれない。

 広場を抜けると右カーブとなっており、カーブをクリアするとコンクリート製の橋が現れた。大栃谷を渡る橋なのだが、欄干柱の銘板がないので橋名は不明。(旧)大栃橋ということになるのだろう。橋を渡ると、北詰から先は土砂が積まれて旧道は消失していた。土砂は治山工事のための工事用道路建設時に積まれた土砂である。これ以上は進めないので引き返した。

5.大栃橋南詰から左に分岐するのが旧道。

  こちらも典型的な旧道分岐点。

6.旧道はご覧の通りのダート道。こちらの方が

  現役時代に近い状態。

7.少し進むと断崖下を通る。タイヤ痕があるので

  車が入ってきているようだ。

8.狭路ダート道を進む。道路には草木が進出し

  つつある。(北→南方向を撮影)

9.やがて倒木に道を阻まれた。ここからは歩く。

  この先で土砂崩れ跡があった。

10.写真9の地点から少し歩くと広場に出た。何か

  家屋でもあったのだろうか。

 

 

11.やがて(旧)大栃橋に到着。渡った先で道路

  は消失している。

 

 

<<写真はすべて平成21年(2009年)9月撮影>>

■桑ノ瀬小谷橋旧道

 R169現道の大栃橋から南へ300mほど進むと、連続した2つの橋で谷を渡る区間に至る。北側が桑ノ瀬小谷橋で、南側が新桑ノ瀬橋である。両橋とも深い 谷を跨ぐ近代的な橋となっており、バイパス道路の橋であることは見て分かる。

 桑ノ瀬小谷橋の北詰には右に分岐するダート道の痕跡がある。その先は建設会社の資材置き場となっているのだが、資材置き場への道路そのものが旧道の今の姿ということになる。旧道の敷地自体は払い下げられたようで、建設会社は資材置き場を確保するために付近一帯を整地して広場にしてしまったようだ。そのため旧道の面影は一切残っていない。旧道の面影は敷地へ出入りする道路だけとなっている。

 旧道は建設会社の資材置き場となっているため、敷地内に許可無く勝手に入ることは出来ないため、敷地外となるR169現道から見ただけとなっている。

 桑ノ瀬小谷橋旧道は橋の南詰でR169現道と接するが、すぐに南にある新桑ノ瀬橋北詰から右に向かう。

12.桑ノ瀬小谷橋の北詰から右に分岐している

  道が旧道だった道路の今の姿。

13.南詰から北を見ると、左側に資材置き場が

  ある。敷地自体が旧道だったようだ。

14.南には続いて新桑ノ瀬橋がある。その右側に

  分岐する旧道に続いている。

<<写真はすべて平成21年(2009年)9月撮影>>

■新桑ノ瀬橋旧道

【レポートは上北山村→川上村方向(南→北方向)です。】

 桑ノ瀬小谷橋の南にある新桑ノ瀬橋にも旧道が存在する。R169現道の新桑ノ瀬橋は、桑ノ瀬谷の幅が広く深い場所に設置されているが、旧道の橋はもう少し山中の谷幅が狭く浅い場所にある。そのため道路はウネウネしながら進んでいたのだろう。桑ノ瀬小谷橋旧道は払い下げられて姿を消してしまったが、新桑ノ瀬橋旧道はそのまま放置されて当時の姿を色濃く残している。

 KSRUを停めたのが新桑ノ瀬橋南詰だったので、南側分岐点から旧道に入ることにする。旧道入口にはゲートなどはないのだが、無造作に放置されたコンクリートがゲートの役目を果たしてバイク・車の進入を防いでいるよう状態であった。バイクでの進入は不可能であるため歩いて旧道に入ってみた。

 急な斜面を下ると平坦なダート道となった。路面は一面落ち葉が積もっており、車のタイヤ痕がないところを見ると数年来車の進入はないようだ。しかし南詰近くの斜面付近には不法投棄されたタイヤやゴミが散乱していた。

 石の多い路面を歩いて行く。道は右カーブをとなっており、少し歩くと古いコンクリート製の橋に到着する。欄干橋に銘板がないのだが、R169現道が”新”と付いているので、旧道の橋は『桑ノ瀬橋』だったと思われる。幅2mちょっとぐらいの狭い橋で、前述の天ヶ瀬地区旧道の橋と良く似た造りであるので、昭和初期の改修工事の際に建設された橋なのかもしれない。距離にして3〜4mほどの橋で桑ノ瀬谷を渡る。

 橋の北側は道路の面影がハッキリと残っているが、路面は落ち葉や木の枝が散乱している。谷側にはガードレールといったものはない。橋から40mほど歩くと砂利ダート道になり、少し急な坂道を上ると新桑ノ瀬橋北詰に出た。旧道はこのまま桑ノ瀬小谷橋旧道に続いている。

15.新桑ノ瀬橋南詰から左に旧道が分岐してい

  る。

16.旧道入口。無造作にコンクリートが放置され

  ている。これがゲートの役目を果たしている。

17.旧道入口からは坂道を下る。やや急な斜面。

  旧道から現道を見るが、全く見えない。

18.南側分岐点からすぐの所に旧橋がある。

  付近は自然に還りつつある。

19.旧橋北詰を撮影。古い昭和初期頃のコンク

  リ製の橋のようだ。

20.旧橋北詰からは落ち葉の積もった道路を進ん

  で行く。

 

 

21.やがて砂利ダート道になり、坂を上ると北詰

  (写真14の地点)に出る。

 

 

<<写真はすべて平成21年(2009年)9月撮影>>

◆平成21年(2009年)レポート終わり

<<MEMO>>

■概況・交通量など

 ここで紹介した旧道は、場所的には上北山村西原〜河合峠の間にあります。昭和51年(1976年)頃撮影の航空撮影写真を見ると、直進する現道から横に飛び出る道筋が写っています。かつては北山川と支流の川や谷に沿ってウネウネと曲がりくねって河合峠に向かっていたのでしょう。R169現道は頻繁に走るので、旧道の存在は知っていたのですが、なかなか機会がないまま時が過ぎてしまいました。平成21年(2009年)9月にようやく訪れることにして探索した次第です。

 この区間の道路改良(バイパス建設)がいつ頃行われたのかは資料が無く分かりませんが、新桑ノ瀬橋の欄干には『昭和47年3月竣工』と記されていたので、昭和47年(1972年)4月頃に開通したのではないかと推測しています。昭和51年撮影の航空撮影写真では河合峠のバイパス道路(現道)は建設中のようだったので、工事絡みで先に建設したのでしょうか?

 旧道自体はレポートの通り、民間に売却されたり工事のため消失したり廃道となってしまっているため、バイク・一般車での通り抜けはできません。唯一現存する新桑ノ瀬橋旧道のみが徒歩でなら通り抜けできるだけです。ダート悪路だった頃のR169の面影を残す旧道も、今は自然に還りつつあります。

■アドバイス

 徒歩でしか探索できません。平成21年(2009年)当時は旧橋を渡ることが出来ましたが、訪れて橋を渡る場合は状態を確認してから渡るようにしてください。

 路面は大きな石がゴロゴロしている箇所や一面泥の場所などもあります。足下が悪いので注意しましょう。

■注意点

 悪天候時・大雨時は土砂崩れや倒木のおそれがあります。悪天候時に訪れる方はおられないでしょうね・・・。(^^;)

 あまり怪しい格好や挙動不審な態度を取ると、不法投棄者として通報されるかも知れないので注意してください。

参考資料・文章引用元>>上北山村の地理(昭和39年刊)

●走行DATA

西原地区旧道群

>>調査日:平成21年年(2009年)9月24日

【西原地区旧道群終わり】

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